交通事故被害者への弁護士の支援事例を紹介します。
1例目はむち打ちの専業主婦の事例で、みどころは家事従事者の休業損害請求です。
ある弁護士向けの本(※)に出ていた内容の要約です。
※「事例に学ぶ交通事故事件入門」 民事法研究会 刊
依頼者(=被害者)は33歳の女性。
信号待ちで完全停車しているところに追突され、むち打ち症に。
事故から5か月後に治療費を打ち切られて、治療を終了。
保険会社から損害賠償額の提示を受けたが、納得がいきません。
インターネットで交通事故に強い弁護士を探して、連絡してきました。
被害者には事前に伝えて、関係書類を持参してもらいました。
後遺障害等級認定表には「非該当」の結果が記されています。
後遺障害は認めてもらえなかった、完治したとみなされた、ということです。
これに対して異議申立てをして等級の再認定を求めることができるが、時間がかかることを弁護士が説明しました。
被害者は生活のために早く示談金を受け取りたいという意向でした。
保険会社から提示された賠償額案
損害の内容 |
算定額 |
備考 |
---|---|---|
治療費 |
841,055円 |
全額お支払い済 |
通院慰謝料 |
560,000円 |
弊社基準より算定 |
既払金 |
▲841,055円 |
|
今回お支払い額 |
560,000円 |
通院慰謝料は弁護士基準ならもう少し取れそうですが、20万円程度のアップです。
賠償額案には、通院交通費や休業損害が上がっていません。
通院について聞いてみると、病院は自宅から5分ほどの場所で、徒歩で通っていたとのことなので、通院交通費の請求は無理です。
休業損害を請求できる状況か確認するため、弁護士は家事の状況を細かく聞きました。
夫と幼い子のために家事をしていること、代わりに家事ができる家族はいないこと、治療に時間を取られたことと体の症状で家事があまりできなかったことなどがわかりました。
面談の結果、次の方針が決まりました。
賠償金を大きく増やせる可能性があるのは休業損害です。
この案件は、家事従事者の休業損害にポイントが絞られました。
被害者は喜んでこの弁護士に任せることにしました。
「この金額で納得いかないなら、訴訟でもなんでもやってくれ。」などと言う高圧的な保険会社との折衝から解放されるだけでもありがたい、と思ったのです。
専業主婦も休業損害が請求できます。
主婦だって働いているのに、誰かからお金をもらっていないというだけで無職と同じ扱いになるのはおかしい、ということは認められているのです。
問題は、主婦の収入をどう算定するかです。
これは賃金センサスという賃金統計資料の「女性全年齢学歴計」の数字を使うことになっています。
主婦の労働の価値は、有職女性全体の平均給与と同等とみなすのが適当だろうという考え方になっているわけです。
これをもとに弁護士は賠償額の対案を作りました。
弁護士が作成した賠償額の対案
費目 |
損害額 |
備考 |
---|---|---|
治療費 |
841,055円 |
|
通院慰謝料 |
790,000円 |
「赤い本」別表Ⅱ、総治療期間5カ月 |
休業損害 |
1,496,383円 |
平成26年賃金センサス女性全年齢学歴計、総治療期間150日分、100% |
既払金 |
▲841,055円 |
|
今回の請求額 |
2,286,383円 |
これを保険会社に送りましたが、最初の反応は全面拒否です。
交渉の末、通院慰謝料についてはしぶしぶ認めました。
しかし、休業損害については頑として認めようとしません。
負傷は軽微で家事労働に支障をきたすほどではなかったとの主張を曲げないのです。
このまま続けても埒が明かないので、依頼者と事件処理の方針について打ち合わせをすることにしました。
弁護士は依頼者に、通院慰謝料は増額に成功したが、休業損害は認めようとしないという現状を説明しました。
その上で3つの選択肢を示しました。
弁護士は1番目の選択肢はもったいないと言いました。
しかし、2番目の選択肢である訴訟は半年から1年かかり、依頼者は裁判所に出向くことも嫌っています。
これに対し紛センは、早ければ3カ月程度で結果が出て、訴訟のようなお金もかかりません。
依頼者は3番目の選択肢が気に入ったので、弁護士はこれで進めることにしました。
交通事故紛争処理センターは全国に11か所あり、申立人の住所または事故地の都道府県により、利用センターが決まります。
今回はどちらも東京都だったので、弁護士は東京本部に電話で和解あっせん手続きの申し込みをしました。
次に提出書類の準備です。
紛センへの提出書類
提出は初回期日の3営業日前までに紛センに、5営業日前までに相手方保険会社に届くように送付しなければなりません。
依頼者が印鑑登録をしていなかったので、ギリギリのスケジュールになりました。
第1回期日
弁護士は予約した日に一人で紛センに行きました。
依頼者は弁護士に委任しているので同行していません。
第1回期日では、あっせん委員は申立人代理の弁護士と保険会社の担当者から、それぞれ個別に話を聞きます。
まずは弁護士の番。
あっせん委員は事前に資料を読んでおり、今回のようなケースでは休業損害が100%認められるのは難しいと言いました。
次は保険会社の担当者の番なので、弁護士はいったん部屋の外に出て待ちます。
しばらくすると呼び戻されて、弁護士と保険会社の担当者にあっせん委員が今後の流れを説明しました。
弁護士側が追加資料を提出した後、あっせん委員があっせん案を用意して、第二回期日に三者で検討することになりました。
追加資料準備
家事に大きな影響があったことが理解してもらえなかったので、次の3点にポイントを置いた陳述書を作ることにしました。
弁護士は陳述書を起草し、依頼者に確認してもらった後、紛センと保険会社の担当者に送りました。
第2回期日
あっせん委員は、弁護士と保険会社の担当者にあっせん案を渡しました。
費目 |
被害者側の主張 |
加害者側の主張 |
あっせん案 |
---|---|---|---|
治療費 |
841,055円 |
841,055円 |
841,055円 |
休業損害 |
1,496,383円 |
0円 |
448,914円 |
慰謝料 |
790,000円 |
790,000円 |
790,000円 |
既払合計 |
▲841,055円 |
▲841,055円 |
▲841,055円 |
差引額 |
2,286,383円 |
790,000円 |
1,,238,914円 |
被害者側は休業損害を100%で主張していましたが、あっせん委員は30%を提案してきました。
その理由も説明しました。
病院が家から近いので、通院で時間を取られる日も、つぶれるのは丸1日ではなく、せいぜい半日。
通院しない日で体がつらくて何もできない日も初期にはあったかもしれないが、治療後期には少なくなっていたはず。
それらを考慮すると30%とするのが妥当な線ではないか、と。
両者はひとまずあっせん案を持ち帰って検討することになり、第3回期日の予約をしました。
解決
依頼者にあっせん案を見せたところ、満足してこれで示談したいとの意向を示したので、弁護士はそれを紛センに伝えました。
1週間後に保険会社も示談に応じる連絡を入れてきました。
第3回期日は取り消しになり、数日後に紛センから免責証書が送られてきました。
弁護士は捺印して1部を控えに保管した上で、返送しました。
3週間後に保険会社から賠償金の支払い手続きが完了した旨の通知が届きました。
預かり金口座にはすでにお金が振り込まれていたので、早速依頼者の口座に送金しました。
これにより、この件は完全に終結しました。