交通事故被害者への弁護士の支援事例を紹介します。
2例目は歩行中に車にはねられた61歳の男性です。
高次脳機能障害の認定に向けた努力と、相手側の素因減額の訴えをめぐる攻防がみどころです。
ある弁護士向けの本(※)に出ていた内容の要約です。
※「事例に学ぶ交通事故事件入門」 民事法研究会 刊
依頼者は弁護士の高校の後輩。
父親が青信号で横断歩道を歩行中に右折してきた車にはねられました。
診断は「脳挫傷」と「頚髄損傷」。
事故後1年が経過し、相手方保険会社に損害賠償請求するにあたり、何から手を付けていいかわからないので助けてほしいという依頼です。
被害者は完全麻痺ではないものの重篤な麻痺が生じていました。
依頼者による父親の様子の描写が弁護士の注意を惹きました。
依頼者は気づいていないようですが、高次脳機能障害の疑いが濃厚です。
するとその内容で後遺障害等級の認定を取れるかで、賠償金額に大差がつきます。
弁護士は案件着手後の初動において、高い等級認定を得るための充実した資料を収集することが、最初にして最大の勝負どころであると見極めました。
後遺障害等級の認定は、任意保険会社を通じた「事前認定」と、被害者が自賠責に直接連絡を取る「被害者請求」の2種類の方法があります。
事前認定は、添付される保険会社の「一括社意見書」に等級を軽くするようなことが書かれ、被害者に不利なことが多いです。
弁護士は迷わず被害者請求にすることに決めました。
保険会社の担当者に受任通知を送るとともに、被害者請求を行う旨を連絡し、関係書類を送らせました。
続いて自賠責保険会社に被害者請求を行う旨を連絡し、申請書類の送付を依頼しました。
弁護士はまず頸椎損傷による後遺障害の状況を伝える資料として次の5点を用意することにしました。
頸椎損傷に関する資料5点セット
1.後遺障害診断書 | 後遺障害等級認定に必須の書類 |
---|---|
2.神経学的所見の推移について | 腱反射・病的反射・筋力・握力・筋萎縮・知覚障害などの検査結果推移 |
3.脳損傷または脊髄損傷による傷害の状態に関する意見書 | 麻痺の範囲・程度、高次脳機能障害に関する判定、介護の要否などの意見を記入 |
4.脊髄症状判定用 | 運動機能・知覚機能・膀胱機能への評価、日常生活活動能力・労働能力への医師の意見 |
5.頸部の画像資料 | 病院から取り寄せ |
弁護士はかつて医師に後遺障害診断書の作成を「丸投げ」で頼み、失敗した経験がありました。
内容が不十分なので加筆修正を求めても、頑として受け付けなかったのです。
これに懲りて、弁護士は家族や看護師に取材して診断書の作成材料を用意し、医師と面談の上、作成してもらうという作戦を取りました。
特に「4.脊髄症状判定用」の「運動機能」欄は、診察しているだけの医師より、リハビリ施設の職員に聞いた方が具体的なことが書けると判断しました。
リハビリの療法士は非常に詳細な情報をくれましたが、仕事へのプライドもあるのか、回復度合いを低めに書くことまではしてくれませんでした。
医師は弁護士が用意した「たたき台」を「ありがたい」と喜んでくれました。
頸椎損傷と同時並行で、弁護士は高次脳機能障害の資料収集も行いました。
まず認定を得るためのポイントを押さえました。
高次脳機能障害の認定を得るためのポイント
1.画像所見 | 受傷直後の脳損傷、3カ月以内に完成する脳室拡大やびまん性脳萎縮の所見があること |
---|---|
2.意識障害 | 受傷直後に6時間以上の意識障害が継続したこと |
3.精神症状 | 認知障害、行動障害、人格変化などがみられること |
その上で、下記の6点の資料を用意することにしました。
高次脳機能障害に関する資料6点セット
1.後遺障害診断書 | 後遺障害等級認定に必須の資料 |
---|---|
2.頭部外傷後の意識障害についての所見 | 受傷直後の意識障害の程度・推移。必要な検査が頻繁に行われていなかった場合、貧しい内容になる。現在の医師とは別の救急医などから入手する必要がある場合も。 |
3.神経系統の障害に関する医学的所見 | 画像・脳波の検査結果、神経心理学的検査の結果、てんかん発作の有無、運動機能、身の回り動作能力、認知・情緒・行動障害等の報告 |
4.脳損傷または脊髄損傷による傷害の状況に関する意見書 | 頚髄損傷の場合と同様だが、高次脳機能障害特有の質問項目あり |
5.日常生活状況報告 | 近親者や介護の人が作成する前提の資料 |
6.頭部の画像資料 | 病院から取り寄せ |
ここでもやはり充実した内容と分量で医師に書いてもらうには、相当の情報量を伝える必要があると考え、弁護士は入念な下準備をすることにしました。
まず本人・家族からヒアリングしてしっかりした「日常生活状況報告」を作る。
それをリハビリ施設職員に見せて「神経系統の障害に関する医学的所見」「脳損傷または脊髄損傷による傷害の状況に関する意見書」を作成してもらう。
最後にすべての資料を医師のもとに持参して、面談の上、各資料を作成してもらうという段取りです。
まずは「日常生活状況報告」のために具体的なエピソードをたくさん拾いました。
「怒りっぽくなった」「注意散漫になった」といった結論だけではダメなのです。
家族自身も「事故でショックを受けてふさぎ込んでいるんだろう」などと、軽く捉えています。
弁護士は最初に、家族に高次脳機能障害というものについて説明するところから始めました。
すると「そういえば・・・」ということで、家族から詳細な具体的エピソードが上がってきます。
具体的に描写することで、単なる抑うつとは異なるただならぬ異常さが浮き彫りになり、高次脳機能障害の証拠になっていくのです。
最初のステップに力を入れたおかげで、施設職員や医師とのやり取りもスムーズに運び、充実した資料を用意することができました。
弁護士は、自賠責保険会社に資料一式を送付して等級認定の申請を行いました。
1カ月半ほどして、申請を受理したことと、上部機関で検討中であることを知らせる手紙が届きました。
高次脳機能障害が絡む時は上部機関で検討するルールになっています。
そこからさらに1カ月ほどして2級の認定結果が届きました。
預り金口座にはすでに自賠責の保険金額3,000万円が振り込まれていました。
弁護士は家族とも相談の上、この等級認定を受け入れ、任意保険会社の上乗せ損害賠償金の増額に注力する方針にしました。
保険会社の素因減額主張
任意保険会社に等級認定結果を送り、交渉を呼びかけたところ、2か月後に提案が届きました。
弁護士は金額が予想より大幅に少ないことに驚き、資料をよくみました。
そこには「脊柱管狭窄症による素因減額30%」が主張され、賠償金が3割引きになっていました。
これはこういうことです。
しかし、病気や普通にある個体差から著しく外れたものを除き、素因減額は認められないという結論が最高裁で出ています。(有名な「首長判決」)
資料準備
弁護士はこの点について医師に画像を再測定してもらい、報告書を書いてもらうことにします。
今回も丸投げではなく、裁判に勝つポイントをよく考えて「たたき台」を用意してから医師に会いました。
ポイントは下記のようなことです。
その結果、満足のいく報告書ができました。
その報告書をもとに保険会社と交渉を重ね、素因減額を30%から10%に下げるところまでこぎつけましたが、そこで膠着してしまいました。
弁護士は訴訟に移行することにしました。
裁判官は弁護士の用意した報告書を根拠に素因減額を認めない前提で和解案を示しました。
その金額は9,750万円で、自賠責保険等から取得済の金額と合わせると約1.3億円になります。
弁護士は依頼者の了解を得てこの和解案を受け入れ、裁判は終結しました。
裁判所の和解案
費目 |
金額 |
算定根拠 |
---|---|---|
治療費 |
54,350 |
|
入院雑費 |
228,000 |
日額1,500円×152日 |
入院中の付添看護費 |
988,000 |
日額6,500円×152日 |
退院後症状固定日までの付添介護費 |
207,860 |
|
将来介護費 |
38,435,960 |
日額8,000×365日×22年間のライプニッツ係数 |
装具等購入費 |
2,811,310 |
車椅子や在宅ケアベッドの購入費。買替費用まで含めて。 |
自動車改造費 |
739,740 |
改造費30万円が6年ごとの自動車買い替えのたびに発生するとして。 |
休業損害 |
5,789,056 |
13か月分の減収 |
逸失利益 |
44,387,275 |
症状固定後の平均余命22年の半分の期間で。基礎収入は5,343,744 |
傷害慰謝料 |
2,640,000 |
|
後遺障害慰謝料 |
23,700,000 |
|
自賠責保険金 |
▲30,000,000 |
|
仮払金等 |
▲2,859,900 |
|
小計 |
88,705,651 |
|
提案額 |
97,500,000 |
小計から提案額への加算分は弁護士費用相当額の趣旨。