事故前から障害がある人|交通事故・弁護士ケーススタディ3

事例3 事故前から障害がある人

交通事故被害者への弁護士の支援事例を紹介します。

 

3例目は追突事故ですが、事故前から障害を持っていたために後遺障害認定が難航した例です。

 

加重障害がポイントの案件です。

 

ある弁護士向けの本(※)に出ていた内容の要約です。

 

※「事例に学ぶ交通事故事件入門」 民事法研究会 刊

 

 

被害内容と相談のきっかけ

甲弁護士が顧問をしている会社の法務担当者が、友人の交通事故の件で相談してきました。

 

被害者は50歳の男性で、2年前に追突事故に遭い、重度の後遺症で首から下がほとんど動かない状態になりました。

 

にも関わらず、保険金交渉に進展がないので助けてほしいというのです。

 

OKを出すと、間もなく本人から電話があり、打ち合わせをすることになりました。

 

初回打ち合わせ

本人は妻の押す車椅子に乗って現れました。

 

甲弁護士はまず事故と治療の状況について聞きました。

 

軽い追突事故で半身不随に
3年以上前に、赤信号で停車中に追突されました。

 

車の損傷は軽く、追突車の推定時速は15km。

 

にもかかわらず、衝突直後から手足が麻痺して、8カ月も入院したのに改善せず、要介護状態に。

 

症状固定日は退院日となっています。

 

甲弁護士は次に保険会社の対応について聞きました。

 

要求された書類はすべて提出したのに、いまだに金額提示もありません。

 

症状固定から約2年半が経過しています。

 

何度か保険会社に連絡しましたが、「事故は軽いのにこんなに重い障害が残るのはおかしい」などと言われ、不信感を募らせていました。

 

保険会社が代理人を選任
そのうち、保険会社の方が弁護士対応に切り替えてきました。

 

相手の乙弁護士は調査に時間がかかると言っており、また留守がちで連絡がつきにくい状態です。

 

甲弁護士は、相手は何を調査しているのかと聞きました。

 

実は依頼者は10年ほど前に友人との喧嘩で暴行を受けて、首にケガをして身体障害2級の認定を受けていたとのこと。

 

乙弁護士は、障害者が交通事故でさらなる後遺障害を負った場合の「加重障害」を判断するための調査をしているようです。

 

甲弁護士は、暴行事件後、交通事故に遭う前の生活状況について聞きました。

 

短い距離なら杖なしでも歩け、日常生活には問題なく、車の運転もできる状態でした。

 

無職で障害年金と蓄えで暮らしていたそうです。

 

加重障害の案件を受任
甲弁護士は状況がだいたいわかりました。

 

加重障害の場合、事故前と事故後の両方について後遺障害等級認定を行い、現存障害に対応した保険金から既存障害に対応した保険金を引きます。

 

おそらくはこれに手間どっているのです。

 

甲弁護士は相談者に状況を説明し、相手が代理人を立ててきた以上、こちらも代理人を立てた方がいいと言いました。

 

自分で交渉しても埒があかないと考えていた相談者は喜んで依頼しました。

 

保険会社側の弁護士とのやり取り

甲弁護士は乙弁護士に受任通知を出しました。

 

そして何度も電話した末にようやく連絡が取れました。

 

進捗状況を確認すると、事前認定申請を終えてまもなく結果が出るだろうとのことです。

 

事前認定は被害者に不利になることが多いため、甲弁護士は被害者請求を行うようにしていますが、今回はすでに申請済みで、結果も間もなく出ます。

 

そこでそれを待ってから示談交渉することにしました。

 

ただ、加重障害の損害賠償算定は確立された方法があるとはいいがたく、もめて訴訟になることも考えられます。

 

また、症状固定から2年半が経過していることを考えると、示談がまとまる前に時効が完成してしまう危険があり、それを避ける方法も訴訟です。

 

よって訴訟を視野に入れて医療記録の検討を進めておくべきと考え、保険会社に送付を要請しました。

 

資料の検討

数日後、保険会社から下記の資料が届きました。

 

  • 交通事故証明書
  • 後遺障害診断書
  • 脳損傷またはせき髄損傷による障害の状態に関する意見書
  • 脊髄症状判定用
  • 神経学的所見の推移について
  • 事故後にかかった病院の診療記録一式
  • 暴行事件の治療を受けた病院の診療記録一式

 

信号待ち中の追突事故ですから、過失割合は0:100で間違いないでしょう。

 

現存障害も要介護1級は確かだと思われます。

 

やはり最大の争点は既存障害の等級だと見極めました。

 

甲弁護士は、依頼人に送付してもらった暴行事件の訴訟記録を検討することにしました。

 

殴られて転倒し、頭を強く打つとともに首をひねり、知覚や運動機能の低下が全身に出たようです。

 

しかし、症状固定日には大きく改善しており、交通事故の2カ月前の受診でも変化はないようです。

 

等級認定と乙弁護士とのやりとり

その後、乙弁護士から後遺障害等級認定の結果が転送されてきました。

 

  • 現存障害: 第1級1号
  • 既存障害: 第5級2号

 

現存障害と既存障害、ともに甲弁護士の予想通りであり、妥当と思われました。

 

そこで後遺障害認定結果を前提に、示談交渉を行うことにしました。

 

しかし、乙弁護士となかなか連絡がつきません。

 

やっと連絡がつくと、保険会社が認定結果を検討中でまだ示談金提案はできないといいます。

 

時効も迫ってきているので、甲弁護士は提訴を決意しました。

 

訴訟の準備

甲弁護士は依頼者の承諾を得て、訴訟の準備を始めました。

 

各費目の請求方針を決める必要があります。

 

1)後遺障害逸失利益
事故前、依頼者は無職でしたが、ハローワークに行くなど求職活動はしていたので、職を得ていた蓋然性が認められる可能性はあります。

 

そこで基礎収入は賃金センサスの数字を使用、労働能力喪失率は1級100%と5級79%の差である21%を使用、期間は症状固定日から満67歳までとして算出しました。

 

2)後遺障害慰謝料
1級2800万円-5級1400万円=1400万円ですが、慰謝料は諸般の事情を総合的に考慮して決められるものです。

 

請求の段階であまり控えめになる必要もないと考え、2000万円で行くことにしました。

 

3)介護費用
現状は奥さんが全面的な介護をしており、負担が非常に重く、できれば職業付添人を使いたいようです。

 

職業付添人の費用は、1万5000円~1万8000円程度が多いようですが、2万円が認められた例もあるようです。

 

そこで介護費用は下記のような内容で行くことにしました。

 

期間

介護者

計算

症状固定から提訴までの3年間 家族     1日1万円 1万円×365日×2.7232(3年のライプニッツ係数)=993万9680円
提訴以降平均余命の34年間 職業付添人 1日2万円 2万円×365日×13.4697(34年のライプニッツ係数)=9832万8810円

 

裁判

 

提訴
甲弁護士は訴状案を依頼者に確認してもらった上で、保険会社を被告として訴訟提起しました。

 

請求額は、上記に車いすや装具の費用と弁護士費用1割を加え、1億6060万円になりました。

 

被告の主張
第1回期日は、被告欠席で請求棄却を求めるだけの形式的な内容に終わりました。

 

しかし、第2回期日では下記のような主張をしてきました。

 

  1. 現存障害については争わないが、既存障害については争う。医師の意見書を依頼済み。
  2. 介護費用も既存障害を考慮すべきで、7割の寄与度減額を要求する。
  3. 被害者は事故前は無職で身体障害2級。就労の蓋然性もなかったので、逸失利益は存在しない。

 

原告の反論
これに対し、甲弁護士は下記のように反論しました。

 

  1. 事故前、被害者は介護なしで生活していた。介護の必要性は事故によって発生した。
  2. 身体能力的に就労は可能で、求職活動もしていたので、就労の蓋然性はあった。

 

また、後日出された被告人側の医師の意見書についても反論を加えました。

 

和解
さらに数回の期日を経て、双方の主張が出尽くしたところで、裁判所による和解勧試が行われました。

 

既存障害は5級として、下記のような内容を提示してきました。

 

費目

甲弁護士の請求

裁判所の和解案

逸失利益

1684万3129円

1347万4503円 (就労蓋然性は認めるも事故当時無職だったので請求額の8割に)
後遺障害慰謝料

2000万円

1400万円
介護費

1億826万8490円

7092万4902円 (1日1万2000円、症状固定時の平均余命34年分)
装具代

50万円

50万円 (実費全額)
調整金

1498万8381円

1110万595円 (弁護士費用および遅延損害金)

合計

1億6060万円

1億1000万円

 

甲弁護士は和解案について依頼者と打ち合わせました。

 

これ以上解決が長引くことは精神的にも経済的にもつらいので、和解したいとの意向でした。

 

被告側も和解案を受け入れ、長年続いた紛争が解決しました。