外貌醜状の男性|交通事故・弁護士ケーススタディ4

事例4 外貌醜状の男性

交通事故被害者への弁護士の支援事例を紹介します。

 

4例目はバイクで事故に遭い、顔面に醜い傷が残った男性公務員です。

 

この傷が今後の人生の収入に影響するのか、するなら逸失利益はどうなるのかが争点です。

 

ある弁護士向けの本(※)に出ていた内容の要約です。

 

※「事例に学ぶ交通事故事件入門」 民事法研究会 刊

 

 

被害内容と相談のきっかけ

法律事務所に雇われて働く新米弁護士(居候弁護士、いわゆるイソ弁)の甲弁護士に、高校時代の学友から電話がありました。

 

事故に遭って保険会社と交渉しているのだが、よくわからないので助けてほしい。

 

弁護士費用特約に入っているので、それを使ってほしいとのことです。

 

甲弁護士はもちろん快諾しました。

 

事故内容は、信号機により交通整理の行われていない同幅員の交差点における単車左方車・四輪車右方車の事故です。

 

被害者は左顔面部に瘢痕、左前額部に線状痕が残っていますが、医師作成の後遺障害診断書には顔面部の瘢痕のことしか書かれていないそうです。

 

すでに事前認定で12級の後遺障害等級が認定されています。

 

方向性の立案

甲弁護士は、保険会社から関係書類を取り寄せました。

 

後遺障害診断書には確かに顔面部の瘢痕の事しか書かれていません。

 

まずは診断書を訂正して、前額部に線状痕の事も書かせることで、等級を上げられるかどうかです。

 

狙えるのは外貌醜状の系列では一つ上の9級、または2つの傷を併合して一つ上の11級です。

 

保険会社への対応は、等級再認定の成否が決定してからです。

 

被害者との面談

弁護士は被害者の傷を実際に見てみることにしました。

 

日頃と同じ髪形に散髪の上、事務所に来てもらい、面談しました。

 

どちらの傷も障害認定の対象になりうるものであることは確認できました。

 

等級の異議申立ての有力な資料は写真だと考え、たくさん撮影して一番良いものを1枚選びました。

 

そして、被害者に下記の手順を説明しました。

 

  1. 医師に診断書を訂正してもらう
  2. 後遺障害等級の異議申立てをする
  3. 保険会社に損害賠償請求する

 

後遺障害診断書の訂正

第一の難関が医師に診断書を訂正してもらえるかです。

 

医師は得てしてプライドが高く、交通事故損害賠償に対する知識や興味がない場合が多いです。

 

この件の医師もそのようで、被害者が一度、片方の傷の記載がないことを問い合わせると「私が間違えたというのか?素人に指図される筋合いはない。」と一蹴された経緯があります。

 

甲弁護士は、まずは丁寧なお願い状を送付した上で電話をいれました。

 

すると「他方の傷はもちろん認識している。後遺障害には当たらないと、医師として判断したまでだ。」との回答でした。

 

後遺障害かどうかは法的判断であって、医師が判断することではありません。

 

医師は「額に線状痕がある」という客観的事実だけを書けばいいのです。

 

そう思いながらも、甲弁護士は低姿勢でお願いを続けたところ、やっとアポを取ることができました。

 

甲弁護士は真夏にも関わらずジャケット・ネクタイ着用で、菓子折りまで下げて、依頼者とともに医師を訪問しました。

 

医師は予想外の気さくな対応を見せ、線状痕の長さを再測定して、診断書を書き直してくれました。

 

異議申立て

甲弁護士は異議申立書を作成し、訂正前の診断書写しと訂正後の診断書原本を添えて、相手方保険会社に送付しました。

 

2週間後に、相手方保険会社から自賠責損害調査事務所の面接調査の日程調整の連絡がありました。

 

面接当日、自賠責損害調査事務所に依頼者と同行すると、写真撮影を伴う面接はわずか数分で終了しました。

 

あまりのあっけなさに依頼者は心配していましたが、2週間後に9級での認定通知が届きました。

 

12級から9級にアップです。

 

損害賠償請求

さて、いよいよ保険会社への損害賠償請求です。

 

当初請求
まず、事故の態様から過失割合は3:7になると思われましたが、当初の請求案には過失相殺は入れないことにしました。

 

次に問題なのが後遺障害逸失利益でした。

 

障害が原因で今後の人生で減る収入の補償のことです。

 

依頼者は公安職の公務員なので、顔の傷はあまり収入に影響すると思えません。

 

過去の判例を調べても、実際に減収がない時に逸失利益は認められにくいようです。

 

とはいえ、ゼロということも少なく、いくらかは認めている判例の方が多いです。

 

1回目の請求なので、まずは労働能力喪失率を35%として2500万円ほど請求してみることにしました。

 

請求総額は3300万円弱になりました。

 

相手保険会社の回答
相手はまず30%の過失相殺を入れてきましたが、これは想定の範囲内です。

 

しかし、逸失利益は「ゼロ回答」でした。

 

総額はわずか650万円ほどでした。

 

甲弁護士は相手の腹を探るべく、保険会社に電話を入れました。

 

「公務員で外貌醜状なので逸失利益は認められないが、何が何でもゼロという訳ではなく、再提案は検討する」とのことでした。

 

法的書面の送付
そこで甲弁護士は、逸失利益請求の法的根拠を主たる内容とする書面を作成し、相手方保険会社に送ることにしました。

 

その根拠は下記のとおりです。

 

  • 9等級は鼻欠損や手の親指欠損に相当する重い障害であること
  • 市民との接触がある職場への配置転換が難しくなることで昇進・昇格への影響が予想されること
  • 現業ではヘルメットやマスクの着用が多く、傷の痛みが仕事の支障になること
  • 顔の傷で転職の可能性が著しく閉ざされたこと

 

今回の請求総額は1500万円ほどです。

 

保険会社の再回答
1か月後に、保険会社は総額1300万円で示談できないかと電話してきました。

 

依頼者との協議~示談受け入れ
甲弁護士は、相手の提案について依頼者に説明しました。

 

示談を蹴って訴訟にすると時間もお金もかかります。

 

うまくいったとしても総額の予想は1376万円ぐらいで、現在の示談金案と大差ありません。

 

何より重要なのが、逸失利益が裁判でも認められるとは限らないことです。

 

つまり、裁判に持ち込めば、うまくいっても増額はわずかで、うまく行かなかった場合は大幅な減額のリスクがあります。

 

依頼者は納得して示談を受け入れることにしました。